採用―「即戦力」という幻想
サッカーに学ぶ物流現場の人材活用

一流のサッカー選手が、どのチームに移籍しても同じように活躍できるとは限りません。
高い技術を持ち、以前のチームでは中心選手として活躍していたにもかかわらず、移籍した途端に輝きを失ってしまう。
サッカーを観ていると、そんな選手を何人も目にします。選手の能力が、突然失われたわけではありません。
チームの戦術が合わない。監督が求める役割と、本人の得意なプレーが違う。周囲の選手との連携がうまくいかない。あるいは、チーム内で十分な信頼関係を築けていない。
つまり、選手個人の能力ではなく、「能力を発揮できる環境」が整っていないのです。
そして、これとまったく同じことが物流現場でも起きています。
例えば、得点力に悩むサッカーチームが、他のチームで多くのゴールを決めていた優秀なフォワードを獲得したとします。
当然、クラブもサポーターも大いに期待します。
「これで得点力不足は解消する」「この選手なら、チームを勝たせてくれる」
しかし、その選手が以前のチームで得点を重ねられたのは、本人の能力だけによるものだったのでしょうか。
絶妙なタイミングでパスを出す選手がいた。
相手の守備を引きつけ、スペースをつくる仲間がいた。
その選手の特長を理解した戦術があった。
そして、多少失敗しても使い続けてくれる監督がいた。
こうした条件が重なり持っている能力を最大限に発揮できていたのかもしれません。
ところが移籍先では、十分なパスが届かない。得意ではないプレーを求められる。結果が出ないと、すぐにベンチへ下げられる。
それでもクラブが、「得点を取れないのは選手の能力不足だ」と判断したらどうなるでしょうか。選手はチームを去り、クラブは再び新しいフォワードを探します。
そして次に獲得した選手にも、同じことが起こる。
問題は選手ではなく、選手を活かせないチームの側にあるかもしれない。
それに気づかない限り、得点力不足はいつまでも解消されません。
物流業界では、人手不足に悩む企業が長期間にわたって同じポジションの求人を出し続けています。そして経験者が応募してくると、「即戦力」として大きな期待を寄せます。
「経験者だから、すぐに仕事ができるだろう」
「教育しなくても、自分で判断して動けるだろう」
「前職で管理職だったのだから、うちでも人をまとめられるだろう」
しかし、その期待の多くは、採用する企業側の一方的な思い込みです。
同じ物流業界であっても、企業によって仕事の進め方は大きく異なります。
扱う商品、荷主の要求、設備、システム、作業手順、社内ルール、意思決定の方法。
そして何より、組織の文化や人間関係が違います。
前職で高い成果を上げていた人でも、新しい職場で最初から同じように力を発揮できるとは限りません。 ところが企業側は、その人が活躍できないと、
「期待していたほどではなかった」
「経験者なのに使えない」
「うちの会社には合わなかった」
と、本人の能力や姿勢にだけフォーカスしてしまいます。
一方、採用された側も、
「聞いていた仕事内容と違う」
「自分の経験がまったく活かせない」 「こんな組織だとは思わなかった」
という失望を抱えます。
入社前に双方が思い描いていたものと、現実との間に生まれたギャップ。
その溝を埋める努力がなされないまま、やがて採用された人は会社を去っていきます。
会社は再び求人を出し、「今度こそ良い人を採用したい」と考える。
しかし、受け入れる環境が変わっていなければ、次の人にも同じことが起きます。
こうして採用と退職が繰り返され、企業は慢性的な人手不足に陥っていくのです。
そもそも、即戦力とは何でしょうか。
入社したその日から、何の説明も支援もなく成果を出せる人でしょうか。
私は違うと思います。
どれほど優秀な選手でも、新しいチームの戦術を理解し、仲間の特長を知り、信頼関係を築くための時間が必要です。
物流現場も同じです。
経験者だから教育が不要なのではありません。経験者だからこそ、その人が持つ知識や技術を、自社の仕事や組織の中でどう活かすかを一緒に考える必要があります。
何を期待して採用したのか。どのような役割を任せたいのか。本人は何を得意とし、何を苦手としているのか。これまでの経験を、どの仕事で活かせるのか。
こうした対話と設計があって初めて、経験者は「即戦力」になっていきます。
即戦力とは、最初から完成された人材のことではありません。
持っている力を早期に発揮できるよう、会社と本人が一緒に環境を整えることで生まれるものです。
人が辞めるたびに、「良い人が来ない」と嘆く企業があります。
しかし本当に、人だけの問題なのでしょうか。
採用した人の特長を理解していたか。
期待する役割を明確に伝えていたか。
現場に受け入れる準備ができていたか。
困ったときに相談できる相手がいたか。
その人の能力が活きる仕事を任せていたか。
人材不足を採用だけで解決しようとすると、企業はいつまでも募集を続けることになります。必要なのは、「誰を採るか」だけではありません。「採った人を、どう活かすか」です。
サッカーの監督に求められるのは、優秀な選手を集めることだけではありません。
一人ひとりの特長を理解し、その力が最大限に発揮される戦術と役割をつくり、選手同士を一つのチームにすることです。
物流の現場においても経営者や管理者に同じ力が求められています。
採用は、契約書に署名した時点で成功するのではありません。
その人が組織の中で力を発揮し、チームの成果につながったとき、初めて成功したといえます。才能ある選手を獲得しても、活かせなければチームは強くなりません。
優秀な人材を採用しても、活かせなければ人手不足は終わりません。
移籍市場を眺めるように求人市場ばかりを見る前に、自分たちのチームを見直してみる。
人が集まらない時代だからこそ、採用力だけでなく、「人を活かす力」を磨くべきではないでしょうか。

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