「人間50年・・・」
- zassoukh04
- 2023年5月26日
- 読了時間: 4分

先日、お世話になってる友人の方と一杯やっている時に、「年齢感じますね〜」という話になりました。二人とも遅くに生まれた娘がおり、60歳を過ぎてもまだまだ働かないとという背景を持った50代男です。
「織田信長の人間50年の歌じゃ無いですけど、人は50過ぎると如実に心身に変化が訪れるように出来てるんですかね〜」・・・なんて話をしました。
その方と別れた電車での帰り道に、ふっと「戦国時代の平均寿命って実際は・・」と思って、ネットで検索。武士は40代で、農民は30代という調査結果を目にしました。
余りの若さに驚いて日本の平均寿命の推移を調べた所、何と戦後になるまでは50代前半。
戦後から一気に伸び続け、現在の日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えてます。
厚生労働省が公開してるデータなので、誰でも見れるものですし、信頼のおけるデータという事だと思います。
やはり本来の日本人の平均寿命を過ぎてるから心身共に今までと違ってくるんだ・・・。
これはDNAだから、仕方ないのか。。長生き出来る様になった分、長く辛いだけでは無いのだろうか・・。
気力・体力、頭の回転や記憶力・・それらの低下に対する自覚と不安。
自然の摂理には叶わない・・・。
そんな事をぼんやりと思いながら、ネットで平均寿命についてボーっと調べてると、医師の方が書いている「平均寿命」にまつわるブログ記事に出会(くわ)しました。
そこには『昔の人は出生してから成人になる確率が圧倒的に低い。免疫力・医療・環境が今とは比べものにならない事が理由です。そして避妊に対する意識も低く、娯楽も少ない時代。夫婦当たりの妊娠・出産の回数も非常に高い』・・・という様な事が記されてました。
要は0歳で他界する人と80歳まで生きる人が同数であれば平均寿命は40歳。若くして他界する人の率が高ければ自ずと平均寿命は短くなる・・となります。
第2次世界大戦後に一気に平均寿命が伸びた・・というのも頷けます。
戦争が「これから」の人の命を奪う事がなくなったんですから。
また、戦国時代においても豊臣秀吉は享年62歳、徳川家康は75歳とされてます。
その他の戦国武将を調べると40代から50代で亡くなってる方が多い様ですが、敗戦の武家ですし、戦いに明け暮れる中で命を落としているので当然と言えば当然かも知れません。
因みに江戸時代の天才画家、葛飾北斎の享年は90歳とされてます。
昔から長生きする人も沢山いたのです。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり・・・」
天界の時間に比べたら人間の人生における50年なんて、夢や幻の様に儚いもの・・という意味で、織田信長が好んで歌ったものです。
信長が49歳で亡くなった事もあり、「人間の人生は50年ばかり、夢幻の様に過ぎゆく短く儚いもの」・・という様な意味で捉えてしまいがちで、私もこの記事を見るまではそうでした。
織田信長は合戦の前にこれを歌ったと言われてます。
「人間一人の人生なんて、森羅万象の中ではちっぽけな事に過ぎない。全ては儚い幻みたいなものだ。だから大抵の事は気に病む必要のない事。恐れずに進め。」と、信長は、自分に言い聞かせてたのかも知れません。
自分を鼓舞し、覚悟を決める為の儀式として歌っていたのでは無いでしょうか。
「人間50年・・」は、戦さもなく、医療も環境も進歩した日本において、50歳を過ぎた自分を憂う為に使っていいフレーズではありませんでした。
それに気付かされ、気持ちも若返った様な感覚を味わう事ができました。
ちょっとホッとした様な気持ちになりながら、ネットサーフィンをしていると、孔子の言葉が目に飛び込んで来ました。
「人間四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳従う、七十にして・・」
あ〜そうだ、50代ってこういうのもあったな。。
惑いっぱなしの私には耳が痛い。。
孔子は織田信長より遥か昔、中国の紀元前の哲人です。
紀元前の中国においてもどうやら50という年代は未だ未だだと言っているのは分かります。孔子は「七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず。」と言っています。
「70歳で自分の心の思う様に振る舞っても、人の道を外れる事はなくなる」という様な意味です。
織田信長が好んだ歌、孔子晩年の言葉。。
「兎に角自分はまだまだだな・・」と、未だ「天命を知る(天命をわきまえる)」事を知らない53歳、春の居酒屋帰りでした。






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